2019年に公開された『ジョーカー』は観た人の多くが何かを語りたくなる作品だろう。
それ程までに『ジョーカー』という映画は観た人々の心を揺さぶる影響力があります。
ここまで心を揺さぶられる映画作品は近年では珍しいように感じます。
架空のキャラクターだからこそのリアリティ
もちろんジョーカーはDCコミックのバットマンに登場する悪役キャラクターです。
だから、存在しない架空の人物にすぎません。
それにも関わらず、ジョーカーの生き様には異様なまでのリアリティを感じます。
およそ人気コミックが原作の映画とは思えません。
それは格差社会の象徴であり、倫理観の薄れた社会の象徴であり、弱者が救われない社会の象徴だといえます。
ゴッサムシティという架空の街の出来事でありながら、現代を生きる多くの人々がジョーカーにある種の感情移入をしてしまうのです。
作品の中ではジョーカーの犯した殺人という反社会的な行為が、現代の経済的弱者が抑圧された閉塞感を突破してくれるというある種の希望に変換され、大きな暴動のキッカケになります。
ジョーカーの行動は倫理的には誉められた行動でないのは明らかであるにも関わらず、しかし、観た人の多くが「もしかしたら、自分も同じような状況に追い詰められたら、同じような行動をしてしまうのではないか?」と思わせる不思議な魅力があるのです。
ジョーカーは社会のありとあらゆる状況から裏切られます。
家庭、職場、愛情、社会、生い立ち、障害といった全てから裏切られるのです。
そして、そんな社会の中で生きなければならないことへの辛さを鑑賞者に強いるのです。
現代の『タクシードライバー』
ジョーカーの観ながら感じたのは、ロバート・デニーロの主演した『タクシードライバー』でした。
パンフレットを読むとトッド・フィリップス監督は「タクシードライバーを意識していた」とあり納得しました。
この時代、娯楽性の強い作品が求められており、『タクシードライバー』のようなヒリヒリとした作品は需要がないのかもしれません。
そこでコミック映画というパッケージングを利用して、現代のタクシードライバーを描くというのは上手い手法だと感じます。
このあたりの個々の作品の独自性の高さがDCコミックとマーベルコミックの違いなのでしょう。
『タクシードライバー』のほかにもトッド・フィリップス監督は以下の作品に影響を受けました。
『セルピコ』
『カッコーの巣の上で』
『キング・オブ・コメディ』
これらの作品を観てからジョーカーを再度、鑑賞するとまた違った見方ができるかもしれません。
ホアキン・フェニックスの怪演
なんといっても本作の『ジョーカー』を傑作にしたのはホアキン・フェニックスの怪演であったのは間違いないでしょう。
正直なところ、『ジョーカー』の映画が製作されるとの発表を聞いたときには、期待はしていませんでした。
理由は簡単です。
『ダークナイト』でヒース・レジャーが演じきったジョーカーを越えるのは不可能だろうと感じていたからです。
おそらく『ダークナイト』のファンであれば、誰もがそう感じたのではないでしょうか?
しかしホアキン・フェニックスの演じたジョーカーは、ヒース・レジャーの演じたジョーカーとは、また違った狂気を演じてくれました。
人間の弱さと人間の恐ろしさという両極の面を持った複雑なジョーカーという存在に魂を吹き込んだのは間違いなくホアキン・フェニックスが演じたからでしょう。
ちなみにホアキン・フェニックスはリヴァー・フェニックスの弟なのです。
リヴァー・フェニックスは23歳という若さで亡くなった美しい俳優です。
『スタンド・バイ・ミー』が有名でしょうか。
映画ではありませんが、吉田秋生の漫画『バナナフィッシュ』の主人公である「アッシュ・リンクス」のモデルがリヴァー・フェニックスだというのも有名なエピソードです。
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コミック原作映画の可能性
本作『ジョーカー』はコミックが原作の映画作品として初めてヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞しました。
ヴェネチア国際映画祭といえば日本映画では北野武作品の『HANA-BI』が受賞しています。
どちらかというとヴェネチア国際映画祭はシリアスな作品が評価される映画祭で、アメコミが原作の映画が受賞するとは誰しも思わないでしょう。
本作『ジョーカー』の中で描かれるゴッサムシティや、そこで苦しみながら生きる人々の姿はフィクションであることを忘れてしまうほどのリアリティがあったといえます。
科学や技術はどれだけ進化しても、世界はいつも混沌として不安定なままです。
そのような社会の不安定さと理不尽さを『ジョーカー』は見事に映し出したといえるのです。