松田軽太のブロぐる

企業の情シスで働いています。会社の中では何をしてるのかナゾな職場の情シスあるあるなどや読んだ本のことなどを思いつくままに書いています。

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「情シスはシャトーブリアンか問題」についての考察

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〜1%の希少部位に、今日も火が通らない〜

 

企業における情シス人員が「全体の1%くらい」という話を聞いたとき、私の脳裏にはまったく別のものが浮かんだ。


牛である。

 

いや、企業が牛なのか情シスが牛なのかはさておき、とにかく何かしらの“部位”がよぎった。

 

で、その1%の小ささを目にした瞬間、
「この部位、もしかしてシャトーブリアンの位置づけでは?」
という奇妙な妄想が生まれたのである。

 

希少部位ではある。が、扱いは焼肉屋の端っこ。

冷静に考えれば、確かに希少である。


社員1,000人の会社に10人。
500人なら5人。
300人だと3人。

 

このわずかな人数が、PCのキッティングから人事の「ログインできない」コールを受け止め、セキュリティやネットワークやSaaSの契約管理まで背負い、最後は「IT戦略」などという抽象度の高い皿までテーブルに運んでいる。

 

……これを聞くと、一瞬「やだ、本当にシャトーブリアンじゃない?」と思う。

 

だが、ここに大きな矛盾がある。

 

シャトーブリアンは「えっこれ頼んでいいの?」と財布がざわつく高級肉だが、情シスは「とりあえず安くしといて」と言われがちである。


希少だから尊重される、というわかりやすいロジックは情シスには適用されない。
このあたりが、なんとも“うまみの逃げた肉”感を醸し出している。

 

トラブルのときだけ鉄板に乗せられる運命

情シスの悲哀は、普段は透明であり、問題が起きた瞬間だけ輪郭が浮かび上がるところにある。

 

普段:
「なんか普通に使えてるねー(情シスの働きは空気扱い)」

 

トラブル:
「なんで落ちてるの!?情シスって何してんの!?」

 

……火が通った瞬間にだけ「やっぱ肉だったんだ」と存在を意識される。

 

情シスというのは、わかりやすい名誉や評価をもらいづらい部位なのである。
そのくせ、変な油(トラブル)はしっかり吸う。
不憫。

 

 扱い次第で最高の料理になる。それは確か。

とはいえ、情シスが企業にとって重要であることは揺るがない。
もはやITなくして事業が成立しない時代、1%のこの部位が凝り固まると、企業全体が動かなくなる。

 

放置すれば固くなり、丁寧に扱えば旨みが出る。
企業の情シスは、どう焼くかで味が決まる部位なのだ。

 

問題は、焼き手である企業側がその扱いを間違えがちであることだ。

  • 十分な人数がいない

  • 十分な予算もない

  • やたら火力(仕事量)だけ強い

  • 料理人(経営層)が肉の性質を知らない

  • 客(現場)が勝手にタレをかけようとする

……これでは、シャトーブリアンどころか、せっかくの肉が“よくわからん焦げた何か”になってしまうのは当然である。

 

 結論:1%であることに価値はある。ただし扱いは全治未定。

 

「情シスはシャトーブリアンなのか?」と問われれば、答えはこうである。

 

“部位のレア度”だけ見ればシャトーブリアン。
しかし“調理と扱い”を見れば、しばしばミンチか、運が悪いとスジ。

 

企業のITが高度化するにつれ、この“1%の部位”の重要性は増している。
にもかかわらず扱いはまだ雑で、存在は薄い。

 

さて、あなたの会社の情シスは、
良い焼き加減になっているだろうか?
それとも、まだ冷蔵庫の隅でパックのまま放置されているだろうか?

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